シュレディンガー方程式の新しい解法とその解
要約
シュレディンガー方程式の新しい解法を導出した。その解は波動がゆらいでいることを示した。
従来のシュレディンガー方程式の解法の一つであるファインマン−カッツの公式を用いた手法では、期待値を仮定して経路積分を行っている。本研究では、期待値を仮定せずに、シュレディンガー方程式にユークリッド化の手法を施し、虚数から実数の世界に持ってきて、期待値をとる前のランダムに動く解を求めた。そしてその解をもう一度ユークリッド化して、量子力学に戻した。その結果、シュレディンガー方程式の解として、波数がブラウン運動でゆらぐ波動解を見出した。
また、従来のファインマン−カッツの公式を用いた手法では、波動がゆらいでいることは見出されていないので、この原因を明らかにした。即ち期待値を仮定する際に、もともとの波動関数が有する波動のゆらぎが隠されることを明らかにした。
1. 緒言
かつてリチャード・ファインマンは自然の本質が粒子性と波動性の両方を示す二重スリットの実験は量子力学の真髄であり、唯一のミステリーであると言った。
現在この実験はいくつかの解釈で説明されている。
その代表的なものがコペンハーゲン解釈である。
しかし、コペンハーゲン解釈については、所謂波束の収縮のメカニズムが未解決であるし、見本経路と確率分布で記述される確率過程論と比較すると、確率分布しか言及できていないところが解釈としては荒いような印象がある。
ネルソンは確率力学を提案し、量子の軌道をブラウン運動で表現することに成功した(1)。
ネルソンの確率力学は、見本経路も考慮している点、コペンハーゲン解釈より優れていると思うが、あくまでも量子の軌道に着目した理論であり、光学と比べれば、幾何光学に対応する。
幾何光学は反射や屈折といった光の行路を説明することができるが、干渉や回折を説明することはできない。そして干渉や回折を議論するためには波動光学を使う必要がある。
光学において干渉や回折を論ずるためには幾何光学では十分ではなく、波動光学を用いる必要がある。それと同じように、量子力学の二重スリットの実験などのように干渉現象を記述するためには、確率力学では十分ではなく、やはり「何か」が必要であるのではないかと私たちは考えた。
幾何光学に対する波動光学があるように、確率力学に対する「確率波動力学」のようなものが存在するのではないかと個人的には思っている。
一方で、現在主として用いられているシュレディンガー方程式の解法は、経路積分の手法である。
シュレディンガー方程式の解は、経路積分の手法では、ファインマン−カッツの公式という形で、従来は表現されてきた。
つまり、ファインマンの経路積分(2)(3)では、シュレディンガー方程式の解が
.
のように表される。そして
が、の置き換えをすると正規分布関数に相当することから、波動関数は
.
と書ける。ここで、は、期待値をとることを意味する。これは所謂ファインマン−カッツの公式である。
この公式はある意味期待値を取ったあとの結果であるので、期待値をとる前のランダムに動く「何か」があるはずだと考えた。
これは、ウィーナー過程における「見本経路」に対応する、「見本波動」のようなものである。
この論文の目的は、期待値を取ることによって隠されてしまった、波動関数を見つけ出すことである。
そこで、シュレディンガー方程式にユークリッド化の手法を施し、虚数から実数の世界に持ってきて、期待値をとる前のランダムに動く解を求めた。そしてその解をもう一度ユークリッド化して、量子力学に戻した。これで、波数ベクトルがブラウン運動でゆらぐ波動を導き出した。
2. 議論
シュレディンガー方程式
・・・@
の解をユークリッド化の手法で求めることを考える。ユークリッド化とは、量子電気力学(QED)の手法で、という置き換えを行うことによって、量子力学と統計力学を行き来するというものである。複雑なシュレディンガー方程式を解くときには、ユークリッド化で量子力学を一旦統計力学の形にして答えを求め、その答えを逆ユークリッド化()することによってシュレディンガー方程式の解を求めるというものである。
@のシュレディンガー方程式をユークリッド化し(と置き換え)、両辺をで割ると、
・・・A
となる。
正規分布関数
は、が
・・・B
という確率過程に従うことを意味する※1。ここで、()は標準ブラウン運動(共役ウィーナー過程)であり、は標準正規確率変数である。(の置き換えで、積分経路のがという虚数時間に変換される。一方、実時間はなので、時間増加方向は、積分方向()の逆になる。つまり、のとき。)
伊藤の補題※2を使えば、との関数の動きは
・・・C
に従う。AをCに代入すると、
・・・D
となる。これは、オルンシュタイン=ウーレンベック過程であるので、以下のように解が求まる(4)。
または、
・・・E
右辺第二項がゆらぎを表している。ここで、逆ユークリッド化()することによって、シュレディンガー方程式の新しい解(ゆらぐ波動関数)が以下のように求まる。
または、
・・・F
即ち、シュレディンガー波動方程式の解はゆらぐ波である。これがシュレディンガーの波動方程式の解の正確な表式である。第一項は、ポテンシャルを肩に持つ指数関数によって波の主成分が時間発展してゆく様子を表す。現在の量子論ではこの第一項だけが考慮されている。第二項があることによってゆらぎの効果が加味される。
次にファインマン−カッツの、経路積分の手法で、期待値を取ると波のゆらぎが隠されることを示す。即ち、シュレディンガー方程式の新しい解(ゆらぐ解)の期待値をとると、ゆらぎが式から消えてしまうことを確認する。
Eの右辺を
で期待値をとると、Eの右辺第二項は伊藤積分によりなので、
・・・G
となる。Eの第二項が消えてしまい、式の上からゆらぎが見えなくなってしまったことがわかる。Gでの置き換えを行えば、
・・・H
となり、ファインマンの経路積分(ラグランジュアン経路積分)に一致する。
ラグランジュアン経路積分は、ハミルトニアン経路積分
において、運動量に関するガウス積分を実行したものだが、ハミルトニアン経路積分の運動エネルギーの項
を正規分布関数と比較してみると、これは、運動量が
程度ゆらいでいることを意味する。
Bは座標が
程度ゆらいでいることを意味しているので、この二つより、
となる。いわゆる不確定性関係である。
3. ゆらぐ波動のイメージ
Gより
・・・I
となる。
DにIを代入すると、
・・・J
となる。両辺をで割ると、
・・・K
となる。
であるから、Kは、
・・・L
となる。よって、
・・・M
となる。指数関数の肩にブラウン運動項が現れ、これによりゆらぐ。
二重スリットの実験には、例えば、日立基礎研究所の外村らによって行われた電子による実験がある(5)。外村らはバイプリズムを使った。最初に彼らは、方向に向かって電子銃から電子を打ち出した。そして、彼らはバイプリズムを使うことによって、電子を方向に曲げ、電子を干渉させた。
のようにの関数でもあるとし、入射方向に対して垂直な方向(方向)に力を受けながら曲がってゆく場合は、以下のようになる。
を電場とすると、
であるので、
・・・N
・・・O
方向の運動量がブラウン運動でゆらぐことがわかる。
Mを逆ユークリッド化()すると、
・・・P
となる。
N、Oを逆ユークリッド化()すると、
・・・Q
・・・R
と書ける。
Rは力積のゆらぎによって電子の運動量がゆらぐことを意味する。その結果、波数ベクトルがゆらぐ。
ゆらぐ波を直接記述するためには、FやP、Q式が必要になってくる。
最後に、本研究により求められたシュレディンガー方程式の解の意味を記す。
ファインマンの経路積分であらわされる波動関数は、運動エネルギーの指数の部分と、ポテンシャルエネルギーの指数の部分に分けることができる。
よく知られているように経路積分の運動エネルギー部分は正規分布関数に対応することから、ファインマンの経路積分では、波動関数の一部が確率分布を表すことになる。
即ち、波動関数そのものを確率分布(確率振幅)と考えるコペンハーゲン解釈とファインマンの経路積分とは整合性が取れないことに注視すべきである。
つまり、ファインマンの経路積分であらわされる波動関数は、確率分布で期待値を取った後のものということになる。
ファインマンの経路積分で運動エネルギー部分を取り去った後のポテンシャルエネルギーの指数関数部分は、入射波に対してポテンシャルエネルギーで散乱された散乱波を表すので、期待値を取られる前のものは、この散乱波である。
経路積分における散乱波は特にランダムに動くようなものではないため、期待値をとることにより揺らぎが既に隠された後のものとなる。
一方で、本研究により求められた解は、期待値をとる前の散乱波である。つまり、波数ベクトルがゆらぐ散乱波である。このゆらぐ散乱波は、期待値を取ることによって、隠されている。
そして、波動関数の一部である運動エネルギーの指数部分が確率分布を表すことから、これは、波動関数そのものを確率分布と考えるわけには行かない。
現在の量子力学では、電子の存在確率分布を決めているのは波動関数であるとされているが、今回の考察では、確率分布を決めているのは、波動関数ではなく、波動関数の一部であるこの運動エネルギーの指数関数部分である。そして、この正規分布によって期待値を取られる前の散乱波が実体として存在し、この散乱波は波動そのものがゆらぐのである。
ネルソンの確率力学は、ブラウン運動を加味したもののあくまでも軌道に着目した理論であるが、本研究は、軌道だけではなくその軌道に垂直な波面をもつ波動がブラウン運動をする波動力学である。
この新しいシュレディンガー方程式の解を使えば、量子論の原理実験である二重スリットの実験の結果を説明できるが、それは別報にて示す予定である。
7.結論
シュレディンガー方程式を解く新しい解法を導き出した。
我々は、シュレディンガー方程式にユークリッド化の手法を施し、虚数から実数の世界に持ってきて、期待値をとる前のランダムに動く解を求めた。そしてその解をもう一度ユークリッド化して、量子力学に戻した。その結果波数がブラウン運動でゆらぐ波動解を見出した。その解は
この解の存在によって、波動関数そのものがゆらいでいることを明らかにした。
現在の量子力学では、電子の存在確率分布を決めているのは波動関数であるとされているが、今回の考察では、確率分布を決めているのは、波動関数ではなく、この運動エネルギーの指数関数部分である。これにより実体としての波動そのものがゆらぐのである。
付録
※1正規分布と運動エネルギー
一般的に、が
・・・@
という確率過程に従う時(は標準ブラウン運動、は標準正規確率変数)、は、
・・・A
という正規分布をする。
一方、経路積分の運動エネルギーの部分をユークリッド化したものは、
ですが、
であるから、これはAで
、とおいたものである。
つまり、経路積分では、が従う過程は、
ではなく、
である。
※2伊藤の補題(6)
が伊藤過程
に従っているとき、との関数の動きは
に従う。
は標準ブラウン運動を表す。
参考文献
(1)E. Nelson, Derivation of the Schrodinger equation from Newtonian mechanics, [Physical Review 150 (1966), 1079-1085]
(2) R. P. Feynman, Space-Time Approach to Non-Relativistic Quantum Mechanics, [Rev. Mod. Phys. 20(1948), 367 - 387]
(3)R.P. Feynman, A.R. Hibbs, Quantum mechanics and path
integrals, [
(4)M. Kijima, Stochastic processes with applications to finance, [Chapman & Hall/CRC (2002), 209-210]
(5)A.Tonomura, J.Endo, T.Matsuda, T.Kawasaki, and H.Ezawa, Demonstration of single-electron buildup of an interference pattern, [ American Journal of Physics 57 (1989), 117-120]
(6)K. Ito, Memorial of the Am. Math. Soc 4(1951)